小説 【呪文堂】

呪い(まじない)は「真実」にあらず。されど、「事実」になり得ん。

呪小説・其の壱【生業繁栄の呪法】

 

序章

睦月。

駅を降り北口に向かう。

この駅で降りたことは何度かあるが、いつも南口へと向かっていた。

いや、そもそも南口しかないと、今まで思っていた。

北口。まるで駅員専用のような細い曲がりくねった通路をいくと、たしかにあった。

ロータリーはおろか、店もバス停も何もない。

細い道が一本、北に延びているだけだ。そして、妙に暗い。

眺めてみて合点がいった。

そうか、森が広がっているようなのだ。

そして、その森の間を細い道が一本、北に向かってまっすぐ延びているのだ。

23区外とはいえ、東京にこんな広い森が、しかも駅前からすぐ広がっているなんて、今まで全く知らなかった。

南口はわりと栄えた町なのに、駅の反対側にはこんな沈んだ景色が広がっているとは。

 

私は北に延びる細い道を歩き始めた。

わりと急な上り坂になっている。

道沿いに電灯が立つが、ぽつんぽつんとまばらであるため、かなり薄暗い。

左右は深々とした森だ。

まだ夜八時前でしかないのに、まるで深夜のようだ。

冷たい風が吹き下ろしてくる。

向かう先「呪文堂」は、夜八時に開く、ということなのでこの時間に訪れたのだが、できれば陽のある時間に歩きたい道だ。正直すこし、うす気味悪い。

「呪文堂」は夜八時から朝方四時までという、昼夜逆転の営業スタイルをとっているようだ。そんな時間に客が来るのだろうか?

いや、来るのだろう。仕事終わりの勤め人や、水商売の人間などには、むしろ好都合なのかもしれない。

しかし、新宿などの繁華街ならいざ知らず、東京都下のこんな場所に、わざわざ足を運ぶ者などいるのだろうか。

そこまで考えて、私は内心苦笑した。

現に私も、わざわざこんな薄気味悪い道を歩いている。「呪文堂」を目指して。

やはり、一定の顧客はいるのだろう。

 

私は、インターネットで「呪文堂」の存在を知った。

妙に薄気味悪い「呪」の字が置かれたサイト。これといった説明文もなく、店主の顔写真すらない。

しかし、場所が私の自宅からほど近かったのと、なにかしら惹かれるものを感じたため、ちょっと冷やかし程度に覗いてみようと、なぜだかそんな風に思ったのだ。

そして、仕事終わりに本屋で時間をつぶし、「呪文堂」の最寄り駅に赴いた。

サイトには、「最寄り駅北口より徒歩15分」とのみ書いてあった。

どうやら一本道のようだ。迷う心配はないのだろう。

しかし、たよりない電灯に照らされた道は、まるで森の中に吸い込まれていくように、細い道がますます細くなり、車一台がやっと通れるくらいの道幅になってしまった。

おまけに、店はおろか民家もまるで見えない。

 

・・引き返そうか、と思った矢先、左手に古ぼけた木の案内板のようなものが見えた。

「呪文堂」の看板か?と思い小走りで近づいてみた。

薄暗いので読みにくい。・・残念ながら「呪文堂」の看板ではないようだ。

・・「伊布夜坂」、と書いてある。

なんと読むのだろう?「イフヤサカ」か?

イフヤサカ、伊賦夜坂?

「伊賦夜坂」(いふやさか)といえば、たしか「黄泉平坂」(よもつひらさか)の別名、だったように記憶している。

まさか。

「黄泉平坂」といえば、古事記に登場する「生者の世界と死者の世界とを分ける境界の坂」だ。

こんな場所に。

出来すぎだ。

 

電灯の間隔が広くなっているのか、ますます薄暗く感じる。

「黄泉平坂」。

「生者の世界と死者の世界とを分ける境界の坂」。

ぶるっ、と震えた。

背中に何かが張り付いたかのように、寒気を感じた。

・・出直そう。今日はちょっと、具合が良くなさそうだ・・

こわばる体を止めて、方向転換しようとしたとき、ふと、前方に明かりが見えた。

はっ、と思った瞬間、体が軽くなった。

気のせいか、辺りが急に明るくなったように思えた。体のこわばりも解けている。

 

もう少しで上り坂が終わる。道が平坦になるのが見える。

その平坦になった道の脇に、小さな明かりがぽつんとある。

店だ。おそらく、呪文堂。

 

私は、明かりに向かって進んだ。

 

 

【呪文堂】

これはこれは。

ようこそお越しくださいました。

どうぞ、お入りください。

ささ、こちらへ。

 

 ・・お越し頂きありがとうございます。

我が、呪文堂主人にございます。

 

さて、今宵は、如何なるご用件で?

 

・・ははあ、お仕事が。

そうですか。お仕事があまりうまくいっていない、と。

・・なるほど。

いままでの顧客からの依頼が、途絶えがちになっている。

・・そうですか、新規の客もふるわない、のですな。

ふむ。

 

ええ、わかります。

物は試しに、ということでお越しになられたのですね。

もちろん、それで結構なのですよ。

いえ、むしろそれが正しいのです。

 

呪い(まじない)は、所詮は呪い、「真実」ではありませぬ。

しかし、呪いが、「事実」になることもありまする。

我は、そのことをご紹介するだけのことなのですよ。

 

物は試しに、ということであれば、

ひとつご紹介差し上げますが。如何なさいましょう?

 

・・わかりました。

では、あなたさまのお求めのままに。

そうですね・・

・・うむ。これが佳い。

 

あなたさまには、そう、「生業繁栄の呪法」がよろしかろう。

「生業繁栄の呪法」でございます。

 

 

お約束

まずは、お約束にございます。

お約束をお守りいただけないと、呪法は効かないどころか危険極まりないものです。

ゆめゆめ、お約束をお忘れにならないように。

ゆめゆめ、お約束をお破りなさらないように。

 

ひとの定めは、川に乗る一枚の葉のようなもの。

川はいずれ海に至り、葉もまたいずれ、海に至る。

葉は、川の流れに従い、海に至るのが定め。

川の流れを遡ることはかなわず、

川の流れを止めることもかないませぬ。

 

もしも何をかできるとしたら、

竿をさし、葉の位置を、右へ左へわずかに変えることくらい。

竿をさし、葉の速度をわずかに早く、わずかに遅くするくらい。

呪い(まじない)は、竿をさす行為に他なりませぬ。

効くも効かぬも流れ次第。

 

そして、呪いは、自らの葉に対してのみ、行うもの。

他者の葉に、おこなうものではございませぬ。

もっとも、他者の葉に、佳きお気持ちでなさるのであれば、まあ。

効く効かぬは別として、あえてやめよとは申しませぬ。

しかし。

他者の葉に、邪(よこしま)もって呪うのは、

決してしてはなりませぬ。

ひとを呪わば穴二つ。

ゆめゆめ、忘れてはなりませぬ。

 

呪いとは、そのようなもの。

効くも効かぬも流れ次第。

 

それでもやると言うのなら、お止めすることはいたしませぬ・・

 

・・やりますか。呪いを。

わかりました。

では、ご伝授させて頂きましょう。

 

生業繁栄の呪法

この呪法は、滞った瘴気を外に流し、清廉な祥気を中に入れ、暗明を正し、陰陽を整えて、正常な流れをつくり保つためのものです。

この呪法を用いることで、自らが整い、やがて天に則り、おのずと生業が繁栄する、その嚆矢となるべく流れをつくるもの。

効くも効かぬも流れ次第。

 

・・如何しますか?

そうですか。では、続けましょう。心して。

 

実践

朝、夜が明ける前に起床します。

朝日が昇り始める前に、手を清め、顔を清め、口を清めます。

朝日が昇り始める前に、着替え身支度をいたします。

朝日が昇り始める前に、冷水を一杯、ゆるりと飲み干します。

冷水は、古式にのっとれば清廉なる井戸の水、とされていますが、なに、水道の水で構いませぬよ。ミネラルウォーター?もちろん結構です。

重要なことは、器一杯の冷水を、呪法を行う前に体内に取り込むこと。

水は陰陽を整え、気を整えます。

 

さて、朝日が昇る直前に、窓を開け風を通します。

朝日が昇る直前に、朝日の方向に向かって姿勢を正し、直立します。

室内から朝日が見えるのであればその場所で、

室内から朝日が見えないのであれば、外に出て朝日が見える場所で。

姿勢を正し、肩の力を抜き、足と足の間はこぶし二つ分程あけて、直立。

朝日が昇るそのときに、まず朝日に向かい一礼し、そして大きく深呼吸をする。

大きく深呼吸を三回し、次いでゆっくり九つ、心の中で数を数えます。

数え終わったら柏手で、二拍手。

柏手とは、指を大きくピンと開き、手を柏の葉のようにして叩くものです。

やってみましょうか。

ほら、ぱきん、と響きますでしょう。

この響きが重要なのですよ。

この響きが気を振動させます。

柏手で、二拍手。

そして、朝日が昇るのを観ながら、次の呪い(まじない)を八回、唱えます。

 

金伯五金(きんはくごきん)の気を呼びよせて

全家(ぜんけ)の軸(じく)となり申す

百幸千福(ひゃっこうぜんぷく) ●●(あなた様の苗字)の

金箋(きんせん)に集まり 五方化徳(ごほうかとく)

大皓金神(だいこうこんじん) 願わくば

●●(あなた様の苗字)のもとに留まらんことを

奇一天心(きいつてんしん) 奇増万全(きぞうばんぜん)

 

そのうちに覚えてしまうと思いますが、もちろん紙に書いたものを、読み上げて頂いても結構なのですよ。

大切なのは、声に出して唱えること。

自分の発した言の葉が、自分の耳に届くことが肝要。

なにも大声で唱える必要はありませぬ。

自分の発した言の葉が、自分の耳に届く程度でよいのです。

もしも何人かで唱えるときは、それぞれ皆の言の葉が、それぞれ皆の耳に届くように唱えます。

唱える人が多ければ、唱える声も大きくなる。

一人で唱えることならば、我が耳に届けばこと足ります。

 

曇りや雨で朝日が見えぬというときは、室内にて、朝日の方角に向き直り、同じことをなさればよろしいのです。

ただその際は、脳裏にしかと朝日を浮かべ、これに対して同じことをなさいませ。

いつもは外にて行うとしても、雨ならば、なに無理に外でせずとも構いませぬ。

風邪をひいては馬鹿らしい。脳裏に朝日が浮かべば、それで良いのですよ。

もっとも、外に出なければうまく思い描けないというならば、風邪などひかないよう気を付けて、傘さしながらでもなさいませ。

よろしいか。

 

呪いを唱え終わったら、朝日に一礼し、その後室内を祓い清めます。

祓い清めが終わったら、窓を閉めて風を止めます。

その後、一汁三菜の食事をし、温かな白湯を一杯、ゆるりと飲み干します。

白湯は、古式にのっとれば清廉なる井戸の水を沸かせしもの、とされていますが、なに、水道の水を温めたもので構いません。もちろん、ミネラルウォーターを温めたものでも。そう、白湯で陰陽を整え、気を整えるのです。

 

白湯を飲み干し、心落ち着ついたら、次のことを定めます。我が工夫し助法です。

 

一会二省三行(いっかいにしょうさんこう)

 

「一会」とは、あなた様の生業に関わりを持つ者、そう、顧客でも同業者でも協力者でもよい、あなた様の生業に関りを持つ者の、少なくとも一人と、その日に会い、もしくは会話することを定めることです。

 

「二省」とは、あなた様の生業に怠りあること、すなわち、やるべきことができていない、などということを、その日に少なくとも二つ、見つけ出すよう定めることです。

 

「三行」とは、あなた様の生業で直ちに行うべきことを、少なくとも三つ、その日に行うよう定めることです。

そして、定めに従い、それらを速やかに実行なさい。

 

 

期間

この法は、毎日欠かさず行うことが肝要です。

必ずや、三十三日、休むことなくお続けなさいまし。

 

三十三日続けたら、三日お休み頂きます。

そしてまた、三十三日続け、三日休む。

さらにまた、三十三日続ける。

その後、三日を休みながら、我が身を振り返ります。

百と八日。これで一の呪法が成り上がります。

 

我が身を振り返り、省み得た我が身を、もしも受け入れることができたなら、

法は成り上がり、そこにて仕舞い。

呪い(まじない)しその生業は、

あなたさまの心地のとおりに、ありましょう。

 

もしも、振り返りし我を受け入れ難きことあるならば、

また百と八日、同じことを繰り返す。

それで二の呪法が成り上がりましょう。

もしも、三の呪法まで成り上がり、それでも我を受け入れ難きことあれば、

それは冥冥、どうぞこちらにお越しなさい。

強き憑き物が、あるやもしれませぬ。

 

 

・・え?ああ、憑き物。いやいや、ご心配には及びませぬ。

今のあなた様には、物は憑いておりませぬ。

先程ですな、あなた様がこちらへの道中、我が庵の明かりを察したとき、どうやら憑き物どもは退散した様子。

・・ええ、戸外のことも近くであれば、なんとはなしに察するものです。

憑き物どもは、とかく騒がしいものですから。

ですので、もはや心配はご無用。

 

さて、先ほどの呪いを記したものを、ここにご用意致しました。

お持ちなさい。

他に、ご用件はございますかな。

・・よろしいか。

 

では、どうぞ、お帰りの道中、お気を付けて。

・・いえ、お代は不要なのですよ。

あなた様が、佳き流れに乗れればそれで充分。

呪文堂主人は、それで充分なのでございますよ。

はは、霞を食べて生きているわけではありませぬ。

そうですなあ、先刻あなた様からおちた憑き物を、小物ではありますが採って喰らうといたしましょうか。ははっ

 

・・うむ、そうですなあ。

そこまでおっしゃられるならば、さて。

・・では、こう致しましょう。

どなたか、お困りの方をご紹介頂ければ。

どなたか、お困りの方に、この呪文堂をご紹介頂ければ。

もし、そうして頂けるのであれば、望外の喜び。

 

なになに、急ぎません。

いつでも、宜しいのですよ。

あなたさまのお命あるうちに、どなたかご紹介頂ければそれで充分。

ごゆるりと、構えて頂ければ、結構。

 

では、ごきげんよう。

 

ー 臨兵闘者皆陣烈在前 ー

 

 

終章

なんとも奇妙な主人であった。

浮世離れしている、という言葉だけでは言い表せない雰囲気を漂わせていた。

人外のもの、などといったら失礼だが、少なくとも只者ではない。

いや、その風体は別段特異ではないのだ。

年のころは三十から四十か、細身で長身、色白の優男だ。

黒縁の丸眼鏡をして、長髪。

全身黒ずくめの和装。

服装がやや普通ではないが、「まじないを扱う」というのであれば、むしろ黒ずくめの和装はしっくりくる。

 

妙なのは・・・雰囲気、としか言いようがない。

それと、もしも付け加えるとしたら、眼光。

終始、温和な表情で話してくれたが、目の奥にちらちら見える光は、猛禽類のような鋭いものであった。

私の勘違いかもしれないが・・しかし、只者ではないように思う。

 

少なくとも、授けて頂いた呪法は、有難いもののように思えた。

そう、物は試し、やってみよう。

 

そう思ったら、駅が見えた。

もう駅か。

行きは、随分とながい道のりに感じられたが、帰りは拍子抜けするくらいに近い。

帰りは、下り坂だからか?

いや、下り坂といっても、たいした勾配もない坂だった。

・・行きの上り坂は、もう少し勾配があったような・・?いや、気のせいだろう。

 

来た時には、人っ子一人おらず暗く沈んだ北口だったが、今見ると学生が数人屯したり、勤め人らしき者が何人か歩いている。気のせいか、電灯の明かりも増しているように感じられた。

普通の町の、普通の駅前だ。

 

私は懐にいれた「生業繁栄の呪法」の紙を今一度検め、そして人々の流れにのって、駅の中へと吸い込まれていった。

 

 

 

 

※すべては虚構にて、あしからず。

【参考文献】

・『日本呪術全書』豊島泰国/原書房